3.11を忘れない

2016年3月12日 23時17分 | カテゴリー: 活動報告, 環境・まちづくり・行政

ふくしまキッズプロジェクト主催の「無念」上映会

ふくしまキッズプロジェクト主催の「無念」上映会

3.11の昨日はテレビでも震災特集がいくつか組まれていましたが、11日12日と原発事故の起きた浪江町の被災者の声を小平で聴くことができました。
11日に観たのは、取材をもとに作られたアニメ「浪江町消防団物語【無念】」。津波の被害にあった人の救出にあたる消防団のメンバーが、まだ命のある人がいることをわかっていながら避難せざるを得なかったその辛さ。50数分の作品はその思いを中心に、避難時の混乱や避難所生活のことを圧倒的なリアリティで描いています。
無念ポスターIMAG5915-1 その中で垣間見える農業への打撃や誘致した時代への回顧、一言では語りきれない複雑な福島の人たちの思いを現実的に表現できているのは、消防団長ほか登場する町民の方々の声が本人だからというのもあるからかもしれません。双葉町にあった「原子力 明るい未来のエネルギー」という双葉町の看板の標語を考えた当時小学生だった男性も、役所に「忘れないために撤去しないでください」というシーンで本人が声で出ています。まさにこの作品は原発被災者の「生の声」です。

自主上映会ができます。
東北まち物語紙芝居化100本プロジェクト 

浪江町から横浜に避難している伊藤まりさん

浪江町から横浜に避難している伊藤まりさん

12日は、浪江町から避難した伊藤まりさんのお話を聞きました。前日の上映会とは別企画なのですが、偶然にも同じ消防団の話が出ました。津波被害の救助が夜になってしまい、「明るくなったら必ず来るから」と声をかけた後に原発事故により避難を強制された消防団長が泣き崩れたと…。伊藤さん自身も地震と津波の後に避難所に行き、その後の原発事故で県内を含め何度も場所を変えた後、現在は横浜市で避難生活をしています。
何度か浪江のご自宅には戻っていますが、その度に草が生い茂り町の駅前にイノシシが歩いているような光景を目にしてきました。いま、除染は進んでいますが、黒いフレコンバッグが並ぶ町に帰ることができるのか…。故郷は場所であるだけでなく、そこに住む人たちのつながりであるという伊藤さんの言葉が重く響きます。
それでも伊藤さんは前を向いています。もともと国際交流協会の仕事もしていた伊藤さんはフィリピンに行き子どもたちに向けた活動をしています。――支援というと、する人される人がイコールでないといけなくなってしまう。そうでなく、差し伸べた手を引っぱられて豊かな生き方を教えられる。――フィリピンでの活動で感じたというこの言葉に、静かで強いメッセージを感じます。
豊かさとは何なのか考え直そう、5年前にそう思ったことを忘れずに自分ができることをやっていきたいと思います。