表現してみることでつながれる

2011年6月13日 10時09分 | カテゴリー: 活動報告

脱原発6.11 100万人アクション

 6月11日は東日本大震災の発生からちょうど3か月。被災地ではまだまだ復興とは言いがたいたいへんな状況が続いています。そして、福島の原発事故は収束には程遠く、故郷を追われた人も残っている人も、そして自主避難をした人たちもそれぞれに苦しい思いを抱えながら生活を続けています。
 私はこれまでも脱原発の考えはもっていましたが、反原発や脱原発運動そのものには関わってきませんでした。女性の問題が自分のライフワークで、それと子どもの権利の問題、原発のことまでは時間がなくて正直お任せと思っていました。でも、今回の震災で、地震・津波の被災者の方への支援はもちろんのこと、原発に対してもいま行動しなきゃと思ったのは、事故で直接の大きな被災地となっている福島(もちろん放射能はほかの地域にも及んでいますが)でつくられた電気は東京が大消費地であり、電力消費者の1人として責任があると感じたから。そして、若者と子どもたちの未来への責任も。
 この間、議会のことをやりながらたくさんの人たちと一緒に脱原発や放射能汚染にかかわる行動の準備に一市民として関わってきました。そして、11日は全国で行われた「脱原発100万人アクション」の一環として、小平⇒国立⇒新宿と一連のウォーク(デモ)に参加しました。
 小平では小雨交じりのなか100人ほどのひとがルネこだいら前から一橋学園駅前までゆっくりと歩きました(写真上)。マイクをまわし、それぞれの思いを声に。国立は700人が、歌ったり楽器を鳴らしたり、マイクで訴えたり、思い思いのスタイルで(写真=下左は集合場所の一橋大学南門前)。新宿東口ではサウンドカーが出ての2万人ものデモの後4000人が集まっているなかに(写真下右)。小平⇒国立⇒新宿とだんだんと人数もサウンドも大きくなり、それぞれの思いが集まっていくように感じました。どこもさまざまな年齢の方、そして男女が入り混じり、誰かを糾弾するだけでなく「原発のない未来」に向けての思いを表現するやり方が自分にはとてもフィットしました。
 東京にも飛散している放射性物質の測定や、食べ物、特に子どもたちが口にする物への心配をどうしていくか、現実的な問題を日々の生活のなかでどう解決していくかということも含め、知恵の出し合いと語り合いがとても大事だと感じています。