こうのとりのゆりかごに思う

2010年8月14日 01時58分 | カテゴリー: 人権・多様性, 子ども・教育, 子育て支援・女性・男女平等参画

 大阪での子ども二人の置き去り事件など、子ども虐待の大変悲しい事件が相次いでいます。子どもを死に至らしめた行為は許されるものではありませんが、「いまの親は……」とか「母性の喪失だ」と親を責めたり嘆いたりするだけでは子どもは救えません。
 大阪の事件では、泣き叫ぶ子どもたちの声を近所の人たちも聞き、通報により訪れた児童相談所の職員さえも聞いていたといいます。今年おきた江戸川区の事件でも子どもが通う歯科医がその子から親の暴力を聞き通報していたにもかかわらず、学校も児相も子ども自身の声を聞こうとはしませんでした。
 子どものことは親の責任……それは当然です。でも、それは「親だけが子どもにつながる1本の線」であることとは違います。どうしても親に育てる力がないときは、ほかの誰か(機関)が子どもと直接関わる、あるいは親を支援する、それが社会的な生き物である人間の姿ではないでしょうか。
 7月、会派の視察で熊本の慈恵病院に行きこうのとりのゆりかご(写真)の話を聞きました。「赤ちゃんポスト」として話題になったのでご存知の方も多いかと思います。どうしても自分で育てられない赤ちゃんを預ける窓口です。院長や看護婦長にお会いして、その裏にある深い思いを知ることができました。
 この病院は元々歴史のある社会福祉法人で児童養護にも取り組んできたカトリック系の施設です。中絶を是としないこともあり、妊娠によって生じる現実的な悩みをどう受け止めるかという相談を一番の目的にしています。
 直接的な動機は熊本で赤ちゃんを遺棄する事件が立て続けに起こり、近くにいながらその命を救えなかったことにあると院長は語ってくれました。そこでドイツで広がっていた赤ちゃんポストを実際に見に行き3年前に開始、現在は3人の相談員が病院の業務もこなしながら24時間体制で相談を受けています。こうのとりのゆりかごの小さなドアの前にも、どうか相談をしてほしいということで「チャイムを押してください」と書かれていました。決して安易に親が子どもを手放すことをよしとしているのではないということです。
 慈恵病院では妊娠した時点からの相談を広く呼びかけています。行政はこの事業を財政的支援はまったくしていませんが(!!)、県庁の女性トイレには妊娠からの相談をと書いたカードが置いてあり、市でも同様のカードを作成しているようです。子育てやDVの相談はよく見かけますが、このように妊娠の時点からの相談を呼びかけているものはほかではあまり見たことがありません。確かに、女性が悩みを持つとしたら妊娠の瞬間からです。本来であれば男性と共に分かち合うべき悩みを1人で抱えなければならないこともあり、この呼びかけは大きな意味があると思います。
 それでも残念ながらこれまで赤ちゃんポストに託された子どもは57人、そのほとんどが県外で東京からも多いとのことです。東京にはこれだけの機関がありながら、遠く熊本にまで救いの手を求めなければならなかった女性の気持ちを思うと本当に悲しく申し訳なく、私たち女性議員はもっともっとがんばらなければと思いました。