憲法のはなし(1)

2007年2月9日 00時06分 | カテゴリー: 人権・多様性, 雑感

誇りに思った憲法9条

 小学校低学年のときに担任だったN先生は、大人になって振り返ってもいい先生でした。授業だけでなく先生に教わったことがいまでも私の胸に焼き付いているのです。「人の話を聞くときには相手の顔を見て」「値段の高いりっぱな服でなくても、清潔なものを着ていればいいんだよ」——などなど、いくつもの言葉が思い出されます。
 なかでも、特に印象に残っているのは2つ。「私たちは日本で平和に暮らしているけれど、今この瞬間にも戦争をしているところもあるんです」。これは年代的にベトナム戦争のことだったと思いますが、戦争が過去のものではないことは子ども心にも衝撃的でした。
 そしてもうひとつは、「日本も昔戦争をしました。でも、そのことを間違っていたと反省し、2度と戦争をしないという誓いを立てたのです。こんな誓いを文章にしたのは世界中で日本だけなんですよ」という内容の話。憲法9条のことです。仰々しく構えた話ではなく、何かの話の流れでふっと触れられた言葉でした。
 そのとき先生が憲法という言葉を使ったかどうかは覚えていませんが、とても誇りに思ったことを鮮明に覚えています。戦争を過ちと認めることを自虐史観だとする考えもあるようですが、私はそんな日本をこそ誇りに思ったのです。
 センチメンタルな理想ではなく、身体性を伴ったリアリティこそ私の反戦の根拠です。今生きているこの生身のからだを根こそぎ奪われることが戦争だからです。憲法9条は、この生きている現実、私たちの生活を守る言葉(理念)という武器です。
 ——改憲が現実味を帯びてきています。N先生の言葉を思い出すことの多い今日この頃です。